戦後、日本は
アメリカ型資本主義、弱肉強食の資本主義を取り入れ、復興を成し遂げました。
経済的には。
アメリカ型資本主義は、法というルールはありますが、動物の世界。
弱いものを、強いものが食らい、更に強くなる。
成功者は多くの富を得て、金で得られるものは何でも手に入れます。
しかし、このアメリカ、実は弱肉強食の自然界のルール以外にもうひとつ大きな柱が存在します。
それが、キリスト教的博愛思想。
これは、一見するとアメリカ型資本主義とは真っ向反対。
成功者は、非成功者への施しを。
富める者は、富まない者への施し。
これが、キリスト教的博愛思想。
アメリカは、この資本主義的弱肉強食思想とキリスト教的博愛思想の二つの大きな思想によって成り立っています。
しかし、日本は戦後、アメリカの資本主義的弱肉強食思想しか導入しませんでした。
もちろん、完全な弱肉強食という事ではなく、戦前から続く日本的な思想から、アメリカほどの強烈な弱肉強食社会にはなりませんでした。
農耕社会・島国特有の「みんな一緒に」の思想と言えば良いでしょうか、これが弱肉強食思想のブレーキになっていました。
しかし、この十年ほどでしょうか、日本がどんどん弱肉強食の世界に、動物の世界に近づいている気がします。
弱いものを食い物にして、肥え太ろうとする人々。
アメリカほどに整備されていない日本の法を悪用して、暴利を貪ろうとする者。
大物では、経済犯罪として逮捕される人物、小物だと取引先に対して優越的な立場を利用した不当な要求。。。
テレビでは、勝ち組・負け組と繰り返し放送され、まるでお金を持っていない人は、人生の落伍者のような印象すら与えます。
アメリカで金銭的に成功した多くの人が、自らの慈善基金を設立したり、慈善活動を行っています。
その一方で、日本で金銭的に成功した人はどうなんだろう。
テレビに出演して、「私はセレブです。お金があります。」と言った所で誰の幸せに繋がるんだろうか。。。
これが、戦後日本の悲しい資本主義だと僕は思ってます。
大国アメリカの一面、システムのみを導入して精神を置き去りにした悲しさを感じます。
僕は仏教徒だから、なるべくお金が欲しいと思わないようにしてます。
これは、一種の精神修行なんですね。
お金に限らず、なるべく物欲を抑える心を持つ事です。
まあ、それが、ひじょ〜に、難しいのですが。。。