15日は、終戦
記念日です。
多くの日本人が亡くなった、悲惨な戦争が終結した日。
政治家や、メディア、評論家などは、日本が敗戦したと、よく話しています。
けれど、悲惨な戦争から開放された庶民にとっては、勝ち負けなど関係なかったのではないだろうか。
勝ち負けより、やっと終わったと喜びの方が強かったのではないだろうか。
逆説的な言い方ですが、人々が、平和を耐えに耐えた末に”勝ち取った”と言えなくも無いと思うのです。
先日、
広島・長崎で原爆で被害に遭った方々の慰霊祭がありました。
核兵器の恐ろしさは、表現の仕様が無い。
このブログは、基本的に楽しい事、メインだけど、今回だけは先の戦争で亡くなられた方への慰霊の意味でまじめに書きます。
原爆は、広島と長崎に投下されたけれど、実は、この二箇所以外にも多くの候補地があったと言われています。
実は、私の住む
大阪もそのひとつ。
実際に、原爆と同じサイズの爆弾、模擬原爆が、
大阪市東住吉区田辺一丁目に投下されていることが分っています。
私の両親は大阪の生まれ、特に父方は
天王寺の生まれ、天王寺と東住吉区はとなりの区です。
色々な要因で原爆の投下地点が広島と長崎に決まったのでしょうが、大阪に投下される事もありえたのです。
そうなると、私の父や、母はどうなっていたのでしょう。
もし、なんらかの被害を受けていたら、私はどうなっていたのでしょう。
模擬原爆の投下地点と私が生まれた病院との直線距離を測って見ました、その距離3.5キロでした。
戦争でお亡くなりになられた多くの方々へ。
ご冥福を心よりお祈りいたします。